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私がお片付けにめざめる前の長ーいお話。。。小学校高学年編

35階。眺めがよくて海も見えて、部屋にいるのが楽しい♪

小学校高学年。

私は、なかなかに神経過敏な少女でした。

 

厳しい母親の顔色をうかがいながら育ったので、

ビクビクした小動物のような部分があったのかも。

(今は全然ガハハなキャラになっているのが不思議・・)

 

そして、マンガ好きだだったため、

マンガの主人公みたいになりたいと、いつも考えていました。

 

当時読んでいたのは、

「花とゆめ」「りぼん」「セブンティーン」などなど。

 

マンガの主人公は、ステキなお部屋に住んでいて、

美少女設定でなくても、明るくカワイイ女の子。

 

明るく朗らかな、キャラに憧れていました。

本当の自分は、もうちょっと考え込む性格だったでしょうか。

 

そんな自分の性格を鬱陶しく思ったりしていました。

あ、でももちろん、無意識になのです。

 

散らかし魔女の私の母親は、仕事に社交に忙しく、

私や弟のことは基本、放ったらかしでした。

 

小学校高学年になっても、私は自分の部屋を与えられず、

弟と一緒なのが不満だったのですが、

 

低学年編にも書いたように、

 

当時は兄弟と一緒の部屋というのは当たり前で、

個室の自室を持っているのは一人っ子くらい。

 

相当お金持ちのお家でも、子ども部屋自体は広かったりするものの、

個別のお部屋は持っていない子がほとんどでした。

 

さて、私の部屋はかなり狭く、そこに2段ベッドと机がふたつ。

収納は、半間の開き戸があるくらいで、

今の時代では考えられない狭い空間でした。

 

たとえば日記を書こうにも、部屋には弟がいます。

そんなストレスが貯まり、4つ下の弟をいじめたりしていました(笑)

 

お部屋も、学年が上がるにつれて、荷物がだんだん増えていきます。

 

ラジカセも買ってもらいましたが、基本的に机の上しか置くところがなく、

勉強するときは床に下ろす始末です。

 

小学校6年の時に買ってもらったギター。

これも、狭い部屋の重荷になりました。

 

親も、自分の子どもが持てる空間に、どれくらいのモノが収納できるのかなど、

まったく考えもせずにモノだけを買って与えた時代。

 

今私が、自分の子どもにたとえば服を買い与えるならば、

その服がきちんとクロゼットに収納できるのかをまず考えます。

 

そして、クロゼットからあふれそうならば、

服を減らしてから買うことを提案するでしょう。

 

しかし当時は、モノを買えればそれが幸せ。

そんな空気が世の中全体にあった気がします。

 

空間が美しく整っていることよりも

 

「何を持っているのか」

「何を買ってもらえるか」

というのが、子どもの私にも大切な幸せの尺度でした。

 

日本がだんだんと豊かになっていく、高度成長期。

それは、モノを持つことで万能感を持てる時代だったのかも。

 

実際私の部屋にはタンスもワードローブも置くところがなく、

子供服のタンスは両親の部屋にありました。

 

毎日洗濯はしてもらえるので、

服が散らかることはなかった気がします。

 

「部屋を片付ける」「モノを片付ける」

というのが、大の苦手な小学生でした。

 

なぜ、そんなに苦手だったのかといえば、

つらつらと思い出してみるに、やはり、

 

空間に収まりきらないほど、モノをたくさん持っていた。

という事実に尽きますね。

 

空間とモノの量との関係。。

 

「収納」という言葉は、聞かれるようになっていました。

モノが散らかるならば、収納を増やせばいい。

 

そんな考えから、モノを増やすたびに、

何も考えずただ収納家具を買う人が多かったと思います。

 

色々なお友達のお部屋に遊びに行きましたが、

本当にスッキリと片付いたお部屋は・・

1〜2人しか記憶にありませんね。

 

それも、新築してすぐだとか、新しい家に引っ越したとか、

そんなお友達のお部屋に限っていたような。

 

日本のお片付け暗黒時代?

それでも皆、そこそこ楽しく暮らしていたように思います。

 

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